一生認めてもらえないという悲しみ
コーヒー屋として14年
コーヒーひとつで食べている(生計を立てている)
それはひとえにお客様のおかげ
自己実現欲求の最たるものは『親に認めてもらう』というシンプルだけど自分を形成するのにすごく大切なものだと思う
誰にでもない、自分の親に認めてもらいたいがためにいろんな事を頑張っている子も多い
それを分かってて、もっと頑張らせるためになかなか子供を認めない親も多いのでは?
我が父は、未だにコーヒー屋としての息子を認めてはいない
元金融関連の仕事だったので、自営業の儚さを知っているから余計心配なのも理由だと思う
ただ、必死に頑張って、10年以上の間コーヒーだけで食っている息子の今を、ちゃんと見てくれていない悲しさは言葉にはできない
そして、親に認めてもらうという自己実現欲求はもはや叶わないものとなった
というのも
父親が、およそそういう事が理解できる状況では無くなったというのが事実で、元気に暮らしてくれてるだけでありがとうって気持ち
ただ相変わらず息子の今を認めない言動は続いているけど・・・
それを聞いてももう悲しくも無くなった
もはや
(そこまで心配かけてすみません)
という気持ちの方が大きいかな
手遅れなんです
だから、もしこれを読んだ方で、親に何か言いたい事がある人は
親が理解できる状態の時に、ちゃんと話した方がいい
後悔の無い様に
そう思います
もう自分は親に認めてもらえることは無い
それを悲しんでるうちはまだまだ
親がいるだけありがたいと思え
だな
今の自分は誰にも恥ずかしくない仕事と生活をしている
額に汗して、毎日一生懸命働いている
自分が良ければ、ぞれで良い
親は関係ない
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